週末ひとり旅

週末の旅の記録です

有明温泉 投宿

  勤め人にとってお盆の時期の大型連休はかなり貴重である。連続して休める日程でないと叶わない旅があるから、この機会を最大限に有効に使うにはどうしたらよいか、時間をかけて計画を練る必要がある。

 今年の連休は山にまみれよう。ぐちゃぐちゃに溶けてしまうほどまで山の中で過ごしたい、そう思った。しかし単独登山の上へっぽこ登山家の私に難しい山は無理である。色々調べて、燕岳から始まる「パノラマ銀座」と銘打たれた北アルプス縦走の旅に出ることに決めたのである。

 問題は予約だ。テント泊とはいえこのご時世、予約がないと泊まることができない。自由を求めてテントを担いで旅をするのに、なんとも世知辛い世の中である。幸いパノラマ銀座にあるテント場で予約が必要なのは燕岳のみらしい。見てみると奇跡的に10日があいている。そしてふもとの温泉宿もその前日があいている。そそくさと予約を入れて、その勢いで列車の切符も手配する。冒険の準備は整った。

 

 当日、あいにくの天気である。少し前から今年のお盆は悪天候の様子。荷造りをしながらも浮かない気持ちで、ふらふらとどうしようか、どうにもならないことをぐるぐる考える。新しいマットにバーナーに下着など、この山行のために色々と準備をしたが使う機会は来るだろうか・・・

 8時に家を出て最寄りの駅へと歩く。リュックサックは衣食住すべてを詰め込み約14キロ。両肩に乗る生活道具はかなりの重みだ。

 立川の駅に出て、特急あずさに乗る。久しぶりの電車の旅。どんよりした天気の車窓が美しい。ようやく旅情のようなものを感じる。信州松本まで約二時間半。うとうとしながら穏やかな旅の解放感に浸る。

 松本に降り立つとやっぱり空気が違うように感じる。いつだって山を登る人にとって松本は憧れの町だ。来られただけで嬉しい。大糸線に乗り換えてさらに穂高駅を目指す。車窓には稲穂の波が広がり、長野独特の空が高く広がりある風景を楽しむ。

 穂高駅に降り立つ。埼玉を出て約4時間、ごちゃごちゃした住宅街から静かな長野の小さな駅へ。どんどん電車で運ばれて転がり出た自分が少し不思議な感じがした。ここからさらにまたバスに乗って、今夜の宿である有明荘まではまだあと一時間くらいかかる。

 バスの時間まで少しあるので穂高神社に立ち寄ることに。上高地に奥社、奥穂高岳の山頂に峯社があるという穂高神社は大きく荘厳な雰囲気。神社特有の神聖な雰囲気が良い。前向きな気持ちを頂けるような気がしている。

 今までで一番厳かな雰囲気を感じたのは三輪神社だ。山の辺の道を歩ききって疲れ果てた体でたどり着いた三輪神社、今までずっと降りしきっていた雨が神社についたとたんに止んだ。今までの穢れが雨で全て落ち切って、何か救われたような気がしたのを、何十年も前のことなのに今でも鮮明に覚えている。

 本当に疲れ切っているとき、苦しみぬいているときに神社は優しく受け止めてくれるような気はする。

 今はそんなに切羽詰まっていない。穂高神社の雰囲気を楽しみ、参拝し町の雰囲気を見学しながらバス停に戻った。雨は降ったりやんだり・・・明日は燕岳に登れるのだろうか・・・

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稲穂の波が広がる車窓

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厳かな穂高神社

 バス停で待っているとバスが来た。

 明るい運転手さん。ひとり旅の私にも明るい早口で話しかけてくれる。コロナで客が少ないこと、この前大雨が降ったこと、お盆の天気が悪くてまたお客が減りそうなこと・・・あたたかい方言に相槌を打ち、車窓をぼーっと楽しみながらバスに揺られる。中房温泉までの道はかなり厳しい。自家用車で行ったら怖い思いをしたかもしれない。プロの運転手さんの運転は安心感がある。激しく細いくねくね道をかなりのスピードで走る抜けていく。山道の車窓は緑がしたたり落ちるようだ。むせかえるような緑。あぁ、こういう道を歩いて山にまみれたい・・・

 有明荘は中房温泉登山口より少し手前にある。運転手さんにお礼を言い雨の中降り立つ。

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明るい運転手さんが運転する

 赤いゼラニウムが各窓に飾られた木造りの瀟洒な宿、スイスの宿みたいだと思った。
ひとり旅の時はどうしても気後れしてしまう。以前ほどではないけれど。

 

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山奥の素敵な温泉宿

 布団との若い男の子に話しかける。チェックインは15:00からで、それまで休憩室で待っているようにとのこと。明日燕岳まで行けそうか聞いてみる。奥から少し年上の男の子が出てきて、「テント泊は風が強くて難しいですよ」と。明日の様子を見て決めます、と言って休憩室へ。

 先客のグループが一組とご夫婦が一組。食べ物とお酒を広げて楽しそうに話している。椅子に座り本を読んで時間をつぶす。奥には温泉がある。早く入りたいな。

 15時チェックイン。通された部屋は「れんげ」小さいが清潔で快適そうな部屋だ。この後一日のんびり過ごそう。

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素敵な部屋


 ビールを飲んで少しごろごろしたら、さっそく貸切の家族風呂に行ってみる。

 家族風呂は並びで二つある。湯船にたっぷりと温泉が注がれていて最高だ。小さいが一人旅の私にはこのくらいでいい。お湯に浸かるとすべての苦しみや悲しみが溶け出していくように感じる。いつも大きな幸福感に包まれる。少し窓を開けて外の冷たい空気を感じてみる。雨は降り続いている。

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ほのかに硫黄の香りがかおる

 しっかりと温まり、続けて大浴場にも行ってみる。

 雨だからか入っている人も少なく、静かにお湯を楽しむことができた。

昔は露天風呂のほうが圧倒的に解放感もあるし好きだったが、最近は内湯の静かな感じがとても好きだ。薄暗く柔らかいあかりがともり、優しい音が響く内湯に浸かっていると、別世界に来たかのような気持ちになる。有明荘の温泉の内湯もとても静かだった。湯口から流れ出る音だけが響く温かい空間。ただただ思考が止まり湯口から流れ出るお湯や、きらきらと輝く波打つ水面を見ている。こんな時間が必ず私には必要だと思う。

 露天風呂はとても広い。まわりは森に囲まれていて緑の濃いの香りがする。息を思い切り吸い込む。緑を見つめる。肌に触れる空気は清冽で冷たい。かけがえのない時間だ。

 ゆったりと時間ギリギリまでお湯を楽しみ、温泉を後にした。

 18時からは夕食だ。メインはビーフシチュー。一つ一つ丁寧に作ってあり、すべてぺろりと平らげた。

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美味しい夕食

 夕食後もふやけるほど湯に浸かり、その日はすぐに寝てしまった。

 

 翌朝4時、自然に目が覚める。

 さっそく貸切風呂へ。今回は深夜に起きられなかったが、人のいない時間帯の朝風呂や深夜の温泉が大好きだ。

 お湯に浸かっているとゆっくりと体が起きていくような感じがする。眠みもお湯に溶けていってしまう。大浴場にも行く。雨は降り続いている。今日は登山はやめてゆっくりとお湯に浸かって帰ろう、と決めた。

 朝食もとても美味しい。旅館の朝食はなんでこんなに美味しいのか。普段朝食はとらない習慣だが、温泉旅館に宿泊したら必ずご飯のおかわりまでぺろりと平らげてしまう。

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体によさそうな朝食

 朝食後も時間ギリギリまでお湯に浸かり、部屋でごろごろしてチェックアウト時間までのんびりと過ごした。

 チェックアウトは9時。9時3分に宿から穂高駅に向かうバスが来る。雨の中バスに乗り込み、緑にまみれた来た道を戻る。今回はほかにも客が数名。燕岳に登ってきたのだろうか。このあと長い休みを取るのはなかなか難しい。残念だな・・・と思いながらバスに揺られ穂高駅に着くと、ふもとの町はまぶしいくらいに晴れ渡っていた。

 さて、これからどうしよう。このまま帰ってもすることがないし、せっかくここまで来たのにもったいない。駅前にはレンタサイクルのお店が何軒かある。一番駅に近い「ひつじ屋」にふらりと立ち寄り、4時間自転車を借りた。荷物を預かってもらい、体も心も軽く自転車を漕ぎ出した。

 安曇野の広大な地を自転車で駆け巡ったら楽しいだろうな、と思ったが、今日は本当に暑かった!遮るものもなく刺すような日を浴びながら自転車を漕ぐのはなかなか大変だった。暑い中でも一番良かったのは「安曇野北アルプス展望のみちウォーキングコース」だ。雲がかかっていてはっきりは見えなかったが、高い峰々に囲まれた安曇野は「これぞ安曇野」といった感じ。求めていた安曇野の正しい姿のような感じがした。
 1時間を残しギブアップ。今度来るとしたらもう少し涼しい季節にしよう。

 駅に向かうと、ちょうど松本行の大糸線が着いたところだった。運がいいのか悪いのか、慌てて330円の切符を買い、電車に転がり込んだ。

 登山はまったくしないのんびり温泉宿泊となったが、ひとり温泉宿でのんびりと読書をするのもまた良い時間の使い方ができたなと思う。

 

自宅から有明荘まで交通費 往復約20000円

有明荘1泊 13500円

缶ビール2本 900円

朝ご飯 サンドウィッチおにぎり 1000円

 

計35400円